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安全な感情許容度探求ワーク:自分が受け入れられる感情の範囲を理解する

Tags: 感情許容度, 感情調節, 自己理解, ジャーナリング, 感情との向き合い方

はじめに:感情許容度とは何か、なぜ探求するのか

私たちは日々、さまざまな感情を経験します。喜びや楽しみといった心地よい感情だけでなく、怒り、悲しみ、不安、恥ずかしさといった、いわゆる「ネガティブ」と感じやすい感情とも向き合わなければなりません。これらの感情に対して、私たちは無意識のうちに「どの程度までなら感じても大丈夫か」「どこから先は避けたいか」といった、内的な基準を持っています。この基準が「感情許容度」と呼ばれるものです。

感情許容度とは、特定の感情の不快感や強度に、どれだけ耐えたり、受け入れたりすることができるか、という内的な能力や傾向を指します。許容度が高い人もいれば、特定の感情に対して許容度が低い人もいます。感情許容度が低い場合、その感情を感じそうになったり、少しでも感じたりすると、強い不快感や脅威を感じ、無意識的にその感情を避けようとしたり、抑圧したりすることがあります。

感情を避けることや抑圧することは、一時的な安堵をもたらすかもしれませんが、長期的には感情との健全な関係を築くことを妨げ、自己理解を深める機会を失う可能性があります。また、抑圧された感情は、形を変えて身体症状や他の精神的な問題として現れることもあります。

本記事で紹介する「感情許容度探求ワーク」は、ご自身の感情許容度について、安全な方法で観察し、理解することを目的としています。ご自身の感情の傾向や、どのような感情に対して抵抗や回避が起こりやすいのかを知ることで、感情とのより穏やかな関係を築き、自己調整能力を高めるための一歩となるでしょう。

感情許容度探求ワークの背景と有効性

心理学では、感情を健康的に処理するためには、感情を「感じること(experiencing)」と「調整すること(regulating)」の両方が重要であると考えられています。感情許容度を探求し、理解することは、感情を感じる能力を高め、さらに効果的な感情調整戦略を選択するための基礎となります。

感情許容度が低い状態は、「感情調節困難」の一因となることがあります。感情調節困難とは、感情の強度や持続時間を調整することが難しい状態を指し、衝動的な行動や、感情を鎮めるための不適応な行動(過食、物質使用など)に繋がることもあります。感情許容度を高めるアプローチは、弁証法的行動療法(DBT)などの心理療法でも重要な要素とされています。

このワークは、感情そのものを「変える」ことを目指すのではなく、感情に対するご自身の「反応」や「関係性」を観察し、理解することに焦点を当てます。感情を受け入れる範囲を意識的に広げる練習は、感情に圧倒されることなく、感情から必要な情報を受け取れるようになる手助けとなります。これは、論理的な理解を深めつつ、感覚的な側面にもアプローチするプロセスです。

安全な感情許容度探求ワーク:実践ガイド

このワークは、ジャーナリングと自己観察を組み合わせて行います。静かで安全だと感じられる場所を選んで実施してください。リラックスできる服装で行うのが望ましいです。

ワーク1:感情反応ジャーナリング

特定の感情が湧き起こったときに、ご自身がどのように反応しているかを記録します。これは、ご自身の感情許容度のパターンを把握するのに役立ちます。

準備するもの: ノートまたはジャーナル、筆記用具。

手順:

  1. 状況の特定: 最近経験した、少し苦手だと感じる感情(例:軽い不安、イライラ、小さな失望など)が湧き起こった状況を一つ選びます。強い感情や圧倒されそうな感情は避け、まずは比較的穏やかなものから始めましょう。
  2. 感情の記述: その状況で感じた感情を具体的に言葉にしてみます。一つの感情だけでなく、複数の感情が混ざり合っている場合は、それらも書き出します。
  3. 身体感覚の観察: その感情を感じているとき、身体はどのように反応していますか?(例:肩がこわばる、お腹がキューとなる、心臓がドキドキする、呼吸が浅くなるなど)身体の感覚を正直に記述します。
  4. 思考の観察: その感情について、どのような思考が浮かんできましたか?(例:「こんなことを感じるべきではない」「早くこの感情を終わらせたい」「自分が弱いからだ」「相手が悪い」など)頭の中に浮かんだ思考をそのまま書き出します。
  5. 行動の観察: その感情を感じた後、どのような行動を取りましたか?(例:話題を変えた、その場から離れた、何か別のことに没頭した、食べ過ぎた、誰かに不満をぶつけた、SNSを見た、感情を抑え込もうとしたなど)具体的な行動を記録します。
  6. 許容度への自己評価: その感情を「どの程度まで受け入れられているか」「どの程度避けたいと感じているか」について、率直に自己評価してみます。数値化するなら10点満点で何点か?(10点が完全に受け入れている、0点が全く受け入れられない・強く避けたい)言葉で表現するならどのような感覚か?
  7. 振り返り: 書き出した内容全体を読み返します。特定の感情パターン、身体反応、思考、行動の傾向が見られるか観察します。どのような感情に対して許容度が低い傾向があるか、仮説を立ててみます。

このジャーナリングを、異なる感情や状況で何度か繰り返してみましょう。パターンが見えてくることで、ご自身の感情許容度の傾向がより明確になります。

ワーク2:感情許容度スケール視覚化

感情の強度と、それに対するご自身の許容度を視覚的に捉えるワークです。

準備するもの: 大きめの紙、色鉛筆やペン。

手順:

  1. スケールの作成: 紙の上に横長の長方形を描き、左端を「感情の強さ:弱い」、右端を「感情の強さ:強い」とします。また、その下に別の横長の長方形を描き、左端を「許容度:高い(楽に受け入れられる)」、右端を「許容度:低い(避けたい・苦痛)」とします。
  2. 感情のリストアップ: 最近経験した、あるいはよく経験するいくつかの感情(不安、怒り、悲しみ、喜びなど)をリストアップします。
  3. 感情の強さを配置: リストアップした感情を、最初の「感情の強さ」スケール上の、ご自身が感じる強さの場所に点を打つなどして配置します。
  4. 許容度を配置: 次に、それぞれの感情について、二番目の「許容度」スケール上の、ご自身が感じる許容度の場所に点を打つなどして配置します。
  5. 繋がりを見る: 可能であれば、同じ感情の「強さ」の点と「許容度」の点を線で結んでみます。
  6. 観察と分析: どの感情が強く、どの感情が弱いか?どの感情に対して許容度が高く、どの感情に対して許容度が低いか?強い感情は必ずしも許容度が低いか?弱い感情でも許容度が低いものがあるか?などを観察します。視覚的に捉えることで、ご自身の感情との関係性について新たな気づきが得られることがあります。

ワーク3:感情の「受け入れ実験」(ミニマム版)

安全な状況下で、意図的に特定の感情を少しだけ感じてみる練習です。これは、感情を感じること自体が危険ではないという体験を積むことを目的とします。

準備するもの: 静かで安全な場所。

手順:

  1. 対象となる感情の選択: ワーク1やワーク2で特定した、比較的許容度が低いと感じる感情の中から、最も強度が弱く、短い時間なら向き合えそうな感情を一つ選びます。決して強い感情や、圧倒されそうな感情を選ばないでください。
  2. 安全な状況の設定: 周囲に邪魔が入らず、必要であればすぐにワークを中断したり、誰かに助けを求めたりできるような、物理的・心理的に安全だと感じられる環境を確保します。
  3. 意図的な感情の想起(ごく軽く): 選んだ感情を思い出す状況(例:過去の出来事、特定のイメージ)を軽く思い浮かべます。感情が少しでも湧いてきたら、そこで止めます。感情を強く感じる必要はありません。
  4. 感情の「観察」: 湧き上がってきたごく軽い感情に対して、「ああ、この感情を感じているな」と、ジャッジせずにただ観察します。身体のどこに感覚があるか、どのような質か(波打つようか、重いかなど)に注意を向けます。感情を「良い」「悪い」と評価せず、まるで初めて見る生き物を観察するような好奇心を持って見つめてみます。
  5. 「感じていられるか」の確認: その軽い感情を、ほんの数秒から数十秒の間、「感じていられるか」を確認します。もし不快感が強くなったり、避けたい気持ちが強くなったりしたら、すぐにワークを中断します。
  6. 安全への回帰: ワークを終える際は、深呼吸をする、足の裏の感覚に意識を戻す(グラウンディング)、安全だと感じるイメージを思い浮かべるなどして、ご自身が落ち着いて安全な状態に戻ることを確認します。
  7. 振り返り: この短い実験を通じて何に気づいたか、どのような感覚があったかなどを記録します。ほんの少しでも感情を感じることに成功した、あるいは途中で中断したとしても、それはご自身の感情許容度を知る貴重な情報です。

このワークは、あくまで「感情を感じること」の練習であり、感情の不快さに「耐える」ことが目的ではありません。非常に小さなステップから始め、ご自身のペースで行うことが極めて重要です。

実践上の注意点と補足

まとめ

「感情許容度」は、私たちが感情とどのように向き合っているかを示す大切な側面です。この許容度を探求し、理解することは、感情を抑圧したり回避したりするパターンに気づき、感情とのより健全な関係を築くための第一歩となります。

本記事で紹介した感情反応ジャーナリング、感情許容度スケール視覚化、感情の「受け入れ実験」といったワークは、ご自身の感情許容度を安全に観察するための具体的なツールです。これらのワークを通じて、ご自身がどのような感情に対して抵抗を感じやすいのか、そのときに身体や思考がどう反応するのかといったパターンを理解することができます。

感情許容度を高めることは、感情の不快さに無理に耐えることではありません。それは、感情を「敵」ではなく「自分の一部」として捉え、そのメッセージに耳を傾けるスペースを心の中に作っていくプロセスです。このプロセスは、自己理解を深め、感情の波に翻弄されにくくなること、そして最終的にはより自分らしく、心穏やかに生きることに繋がっていくでしょう。ご自身のペースで、安全に進めてみてください。